【ゼロイチラボ セッションレポート】

「皆さんは、和牛って種付けから出荷までどれくらいの期間がかかるか、知っていますか?」
千葉さんのセッションはこんな質問から始まった。1年半くらい?2年くらい?メンバーがあれこれ思案していたが、正解は「40ヶ月」。準備に要する期間まで含めると、牛を育てるには実に4年近い歳月が必要なのだ。つまり、和牛の肥育農家は4年もの間、大きなリスクを取りながら我慢して「商品」を育てるしかないのだ。

千葉さんは続ける。「よく『A5』のお肉って聞きますよね。皆さんは『A5=おいしい肉』だと思っていませんか?」 実は「A」というのは肉の歩留まりを意味している。すなわち、枝肉からどれだけの肉がとれるかという収量の問題であり、多く肉が取れるものが「Aランク」とされるのだ。また数字の「5」はサシ(脂)の入り方を表している。少なくとも「A5」というのは流通上の規格の問題であって、おいしさを保証する内容ではまったくないと言える。

千葉さんはこうした現状に違和感や危機感を覚えている。長い年月育て上げて出荷する牛が果たしていくらで売れるかは、完全にそのときの市場価格に依存してしまう。もしもBSEや口蹄疫などの問題が日本のどこかで発生したらその価格は暴落する。農家にはなすすべがないのだ。だからこそ千葉さんは、生産から加工、流通そして販売までの流れを見据えることで、生産者がきちんと事業を継続していけるようになることを目指している。また、流通の規格であるA5やA4に囚われることなく、本当においしい牛肉とは何かを追求し続けている。

千葉さんが代表を務める株式会社門崎は、岩手県・一関を産地とする和牛を買い取り、それを自らが経営する焼肉店やハンバーグ店(店名は主に「格之進」)などで提供する事業を核としている。また、一関にある自らの母校が廃校になってしまったため、そこに数億円の投資をしてハンバーグの加工場をつくるなど、一関と東京を牛肉で繋ぐことをミッションに事業を展開している。

ユニークなのは、ただ高級でおいしい肉を提供するだけではなく、常に肉に新しい価値を足していこうとする姿勢だ。例えば数年前から注目を集める「熟成肉」。千葉さん自身は2002年からそれを店舗で打ち出している。またスライスした焼肉が普通だったところに、「塊肉」という概念を早々に導入していたりもする。他にも、魚介類を発酵させてつくる「魚醤」をヒントに、牛肉を発酵させた新しい調味料「牛醤」を開発するなど、ゼロからイチを生み出す企画力は抜群だ。

今注目しているのは「うにく」だと言う。最近「うにと牛肉」を組み合わせるケースは時折見かけるが、千葉さんが言う「うにく」は「海の幸(う)と牛肉」の組み合わせだという。オイスターと牛肉、エビと牛肉、ホタテと牛肉、カニと牛肉など、異なるアミノ産同士を組み合わせた新しい食べ方を模索しているそうだ。

千葉さんの話の中でたびたび感じられるのは、生産者への思いだ。「CSA」(Community Supported Agriculture)という概念がある。端的に言えば、「みんなで生産者を支えよう」というスタイルと言ってよいだろう。「買い支える」と言うと、生産者が弱者のように感じてしまうかもしれないが、あくまで関係性は対等であるべきだろう。自分たちの食べるものをきちんと作ってもらうためには、農家が持続的に生産するに十分な対価を得なければならない。消費者はそのような状況のために意志を持って購入しようということだ。

とある外食経営者が牛肉の仕入れ額を語っているのを聞いて、千葉さんは強く憤慨したそうだ。「あなたがそんな安い金額で買うことで、彼らが次にまた生産できると思いますか?あなたがもしも生産者の立場だったら、その金額で売りたいと思いますか?」 その経営者は返す言葉がなかったと言う。

「これからの時代、『安く仕入れて、安く売る』という事業モデルに、私は何も魅力を感じないし、まったく価値がないことだと思っています」。千葉さんの立場は明快だ。「食べることは『投資すること』だと思うんです。あなたがその食べ物を買うことで、そのお金は誰に回っていくんですか?あなたは誰を応援したいと思うんですか?」 食べ物が「資源」として見られるようになり、その結果、時に投資ではなく「投機」の対象になっている今、千葉さんが投げかける問いは重い意味を持っているだろう。

笑顔で肉についてマニアックに語る自称「肉おじさん」の顔、和牛を世界に知らしめたいと夢を語る和牛伝道師の顔、畜産業をサステイナブルにしたい願う生産者応援団の顔、地元の疲弊を憂い、事業を通じて活性化に取り組むビジネスパーソンの顔。様々な顔を持つ「多面体」としての千葉さんに、メンバー一堂魅了されたセッションだった。

【ゼロイチラボ セッションレポート】