【 ゼロイチラボ セッションレポート】

蔵前の「Nui.」、入谷の「toco.」、東日本橋の「CITAN」、京都の「Len」。これらを聞いてピンと来るのは、昨今のインバウンドや宿泊業に関わりや関心がある人かもしれない。訪日外国人が増え、都内ではホテルが不足する中で存在感を強めているのが、俗に「ホステル」や「ゲストハウス」と呼ばれる比較的カジュアルな価格帯の宿泊施設だ。

冒頭に挙げたホステルを経営しているのが、株式会社Backpackers’ Japan。そしてその代表を務めているのが今回のゲスト本間貴裕さんである。「カジュアルな価格帯の宿泊施設」というと、チープであまり清潔感のない宿を想像する人もいるかもしれないが、本間さんが経営する施設は、自ら「ラウンジ屋」と冗談で言うように、オシャレなラウンジ(コーヒーやお酒が飲めるシンボリックな飲食スペース)が自慢で、そこにはいつも人が溢れている。

本間さんがホステルに注目するきっかけになったのは、学生時代にバックパッカーとして旅をしたオーストラリアでの体験だ。その旅の中で、国籍や人種が異なる人たちが楽しく混ざり合っている場にすっかり魅了されてしまったのだ。そして帰国後、仲間を含めて4名で創業することになる。

自分たちのホステルをつくるにあたって創業メンバーで深く議論したのは、「『続く宿』と『続かない宿』の違いは何だろうか?」という、商売の本質に関わる点だ。立地、利便性、内外装、設備、価格、規模感、築年数、ホスピタリティ…。挙げていけば様々な要素があるが、それら一つ一つはあくまでスペックにすぎない。そんな中、彼らの出した結論は「その宿を強く愛するスタッフが一人でもいること」だった。

確かにどれだけ魅力的なハコだったとしても、そこで働くスタッフが肝心の宿のことをそこまで愛していなかったら、おそらく長い目ではそれはゲストにも伝わってしまうだろう。逆に、熱量の高いスタッフがたった一人でもいるならば、その熱はほかのスタッフやゲストに伝播する可能性がとても高いことだろう。ただし難しいのは、経営者やリーダーが「じゃあ、この宿を愛しなさい」とスタッフたちに言っても、そんなことはできるわけがないという点だ。

そこで本間さんたちは、愛が生まれる環境を作ることにした。スタッフ総出で、自分たちの体を使いながら、工事に全面的に関わっていったのだ。もちろん大工さんらのプロには依頼する。けれども任せっきりにするのではなく、解体したり、材料を運んで切ったり、ペンキを塗ったり、あらゆる工程に絡んでいった。連日現場に泊まり込み、みんなでご飯を食べて、意見を言い合った。そうしてできたのが東京・入谷の古民家をリノベーションした「toco.」(2010年)である。

こうした宿づくりは同社独自のスタイルとなって、以後引き継がれていく。ユニークなのは、普通は当然のように作成する設計図やCGパースを一切描かないことだ。代わりに行うのは、緩やかなスケッチによるゴールイメージの共有だ。そのスケッチからそれぞれがインスピレーションを膨らませ、次第に宿が出来上がっていく。コストや納期が極めて把握しにくいという大きな難点があるのは事実だが、それを上回る価値があるという。こうしたスタイルを本間さんはジャズのセッションに喩えている。

着々と拠点を増やしてきた同社だが、今後はギアを変えていくという。テーマは「Be a Big Company」。これまでやってきたことには強い誇りを持っている一方で、同じ方法論をひたすら続けていくことにも違和感を持っている。そこで彼らが考えたのは「社会の役に立とう」ということ。これは言い換えると、より大きなプラスのインパクトを社会に与えたいという思いで、そのためには「大きさ」も必要だ。本間さんの語る「大きさ」や「規模」は、それが経済的な欲求や野心によるものではないので、聞いていて何の嫌味もないのが面白い。

そして実際に、いくつもの大型プロジェクトが動き出している。国内で超アッパーなホテルを運営することが決まっているし、世界有数のビーチリゾートでの案件も進んでいる。本間さんは言う。「世界中の若者があこがれるホテルって、実は存在していないと思うんですよね。僕らはなんとかしてそれを作りたいと真剣に考えています」。

Backpackers’ Japanが掲げるメッセージは「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を。 ~Beyond All Borders~」。彼らのこれまでの歩みはまさにこの想いを体現したものだし、今後成し遂げたいことも決してここから外れることはないのだろう。

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