【 ゼロイチラボ セッションレポート】

みなさんはファミリーレストラン「ロイヤルホスト」のグループが、天丼の「てんや」を経営していたり、祖業が飛行機の機内食事業だったり、あるいは高速道路のサービスエリアのレストランを運営していたりすることをご存知だろうか。今回は売上高1,377億円(2018年)を誇るロイヤルホールディングス株式会社の菊地唯夫会長をゲストにお迎えして、「外食の未来」について多様な視点からお話をうかがった。

長らく金融の世界でキャリアを積んできた菊地さんが同社に入社して、その後社長になったのは2010年のことである。そのときに定めたその後10年間を見据えた経営ビジョンには、ターニングポイントになっただろう文言が盛り込まれている。それは「日本で一番質の高い食&ホスピタリティグループを目指す」というものだ。

ポイントは「質」に言及している点である。外食産業は1997年をピークに市場規模は減少を続けていた。人口動態を見ても、市場が今後大きく上向きに転じるとは思えない。そんな中で売上高や店舗数など「量」の拡大を追い求めることは、どこかで歪みを生むことに繋がるだろう。であれば量ではなく、「質」で日本一を目指すという考えは理にかなっている。

菊地さんは同社の業績の推移を見ていて、面白いことに気づいたと言う。それは会社が3年ほどのリズムで、「増収減益」と「減収増益」を繰り返していたことだ。その要因は意外に単純だった。というのも、売上が停滞しているときには、新規出店や新しいチャレンジに投資をしがちであり、そうすると売上は一時的に伸びるが、利益はそこまで追いついてこない。しばらくして、うまくいかなかった店舗を閉めると、売上は減るが逆に利益は上がっていく。そんなサイクルをずっと繰り返していたのだ。

そこで菊地さんはこのサイクルを断つべく、大きな決断をする。それまで新規出店に行っていた投資を、既存店に振り向けることにしたのだ。老朽化した既存店に投資をしても果たして売上が上がるかはわからない。それよりも新たなチャレンジに向かったほうが、仮に失敗しても「言い訳」はしやすいだろう。しかし、菊地さんは「既存店注力」という経営判断を行ったのだ。

特に意識したのが企業のブランディング上、欠かすことのできない看板業態「ロイヤルホスト」の立て直しだ。立て直しが難しいと判断した店舗は閉店するが、「残す」と決めた店舗に対しては、内装や厨房設備などに徹底的に投資をした。結果的にこの戦略は奏功し、その後同社の業績は「増収増益」路線へと変わっていったのだ。

この数年、ロイヤルホールディングスが業界内で注目されている大きな理由は、外食大手として先陣を切って行っているテクノロジーへの注力だ。よく知られるように、外食産業の人手不足は深刻である。それに加えて、業界の生産性は極めて低いとされている。結果的に、外食産業で働く人たちの労働環境は悪化する一方で、このままではとてもサステナブルとは言えない。

そこで同社は「生産性向上」と「働き方改革」の両立を目指して、研究開発店舗をつくることにした。それが東京・日本橋馬喰町に2017年11月に開店した「ギャザリング テーブル パントリー」である。同店舗は「完全キャッシュレス」であることが話題になったが、他にもテクノロジー要素が満載である。卓上のタブレットによるセルフオーダー、スタッフの手首にはウェアラブルデバイス、独自にプログラミングされた高性能オーブンによってボタンひとつで仕上げられる料理の数々。他にも、お掃除ロボットの導入などによって、スタッフの業務は驚くほど軽減されている。

興味深いのは、同店舗では売上や客数などがKPI(重要業績評価指標)となっていないことだ。重要なのは、こうしたテクノロジーによって、どれだけ現場の業務内容が変わるのかという点である。同店は、他店舗と比較すると管理・事務・開閉店作業・清掃など「お客様に対して直接的な価値を生まない作業」を大きく減らすことができ、代わりに接客や調理など「飲食店の本質」とも言える業務の比率を高められたことがわかった。こうした実験で得られた知見は、会社にフィードバックされる。例えばお掃除ロボットの有効性が確認できたので、今ではロイヤルホスト全店にそうしたロボットが導入されているそうだ。

この日のお話は本当に多岐に及んだ。日本の人口動態、景気動向と売上の関係、人間が力を発揮すべき仕事領域、ロボットと人の協働、これからの時代のステークホルダーとの向き合い方、SDGsと外食などなど。データをもとにここまで論理的に持論を展開する経営者は外食の世界では少ない。これからの日本の未来は単純に明るいものにはならないかもしれない。しかし、人が人を幸せにする外食の世界に対する、菊地さんの眼差しはどこまでも優しく、その口から語られる未来は温かな希望を抱かせるに十分なものだった。

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