【ゼロイチラボ セッションレポート】

あなたは街で知らない人からいきなりコーヒーを振る舞われたらどう反応するだろう?新商品のサンプリング?それとも店に引き入れるためのきっかけづくり?そんな風に疑うのが普通ではないだろうか。そんな現実的な目的はなく、コーヒーを振る舞うことで他人とコミュニケーションを取るのが、ただただ楽しいから。そんな理由から「パーソナル屋台」を使った「マイパブリック」を実践しているのが、株式会社グランドレベルの田中元子さんだ。

田中さんがそんなユニークな活動をするようになったきっかけは、自らの事務所にバーカウンターを設けて、友人にお酒などの飲み物を振る舞ったことに起因するという。彼らからお金をもらうことなく続けていたこの行為に、田中さんはすっかり魅せられてしまったのだ。カウンターを隔てて飲み物のやりとりを行うことで、独特の関係性やコミュニケーションが生まれる。そのときに、この活動は何の見返りを求めずに純粋に楽しめる「趣味」だと気づいたそうだ。

そして田中さんは、今度は街へと出ることにした。お手製の屋台にコーヒーを用意して、それを道行く人たちに配り始めたのだ。すると、人々が立ち止まるようになり、一杯のコーヒーを通じて、そこには新たなコミュニテイが生まれた。それを彼女は「マイパブリック」と名付けることにした。公共(パブリック)に文句を言うことはたやすい。けれどもだからと言って、何かが変わるわけではない。だったら、自らがパブリックになってしまおうではないか。それが田中さんの提唱する「マイパブリック」である。

田中さんの立ち上げた会社名は「グランドレベル」だが、それはいわゆる「1階」を意味している。街の1階を想像してみて欲しい。そこに見えてくるのは、シャッターに閉ざされた商店街だったり、家の中を見せないための高い塀だったり、高層マンションの共用部や駐車場、あるいは「公開空地」と呼ばれる形だけの広場や緑地だったりするはずだ。

グランドレベルに人の気配を感じられないのは死んだ街である。そんな考えのもと、グランドレベルをもっと生き生きしたものにしようと言うのが同社のミッションだ。ちなみに、このことは必要以上に難しく考えなくてもよい。例えば、ニューヨークでは都市の政策として街にベンチを増やすことを行っている。オリジナルデザインのベンチを市民の要望に従って2019年までに2000台設置することを実践しているのだ。街にベンチがあるだけで人は街を歩くようになり、そこに座ることで会話が生まれる。ベンチの存在は心身の健康に大きく貢献するのだ。

そんなグランドレベル活性化プロジェクトとして、同社が2017年にスタートした事業が「喫茶ランドリー」である。東京の両国と森下の中間にこの店はある。その名の通り、お茶が飲めて、洗濯もできるという場所だ。実は「ランドリーとカフェの融合」自体は奇抜なものではない。外国でもこうした業態は見かけられるし、国内でも大型のコインランドリーにカフェスペースが併設されているケースは多々ある。

しかし、この喫茶ランドリーがユニークなのは、そこに集う多様な人々、そしてそこで交わされる独特のコミュニケーションだろう。この店には老若男女が訪れるが、洗濯を目的にしていない客がとても多い。仕事をしているビジネスパーソンの横で、近所のおじいさんが会話を楽しんでいたりする。あるいは、ランドリースペースがある「家事室」には、お客さんが持ち込んだミシンがあり、そのミシンを囲んでママたちが裁縫をしていたりする。

ポイントは作り込みすぎないことだと田中さんは言う。「カフェ」を始める場合、多くはオーナーの美意識やセンスをこれでもかと注ぎ込むが、実はそうするとそこにはお客の介在する余地はなくなってしまう。かといって、あまりにもまっさらな状態では、お客はそこで何をどうすればよいのかわからなくなってしまう。そこで必要になるのが適度な「補助線」だそうだ。例えるならば、真っ白の画用紙にうっすらと補助線を書いておくことで、お客はのびのびと自らの絵を描き始めるのだ。

デザインをほどほどで抑えることで、お客はレコードやら手作り雑貨やら様々なグッズを持ち込み、勝手にディプレイしたりする。あるいは、ランドリーの前に作業用の大きなテーブルを置いておくことで、誰かがそこにミシンを持ち込むことを思いつく。そんな風にして、送り手が思いもしなかった使われ方がされるようになっている。セッションの中で、田中さんは何度も「能動性を発露させる」という表現を使っていたが、それはまさにこういうことなのだろう。

田中さんの一連の活動は「食ビジネス」とは言いにくいのかもしれない。けれども、ここでいう「食ビジネス」とは、ひょっとしたらそれ自体が旧来的な発想にとらわれているのかもしれない。「信用経済の時代」とか「いつかお金がなくなる」などと言われ始めている昨今、単純に「お金」に換算できない価値にこそ、未来へのヒントが隠されている気がしてならない。

【ゼロイチラボ セッションレポート】