【 ゼロイチラボ セッションレポート】

「有機野菜って美味しそうだし、安全だし、環境にも良いんでしょ」。こう思っている人は世の中にたくさんいることだろう。実際、時代の空気は間違いなく「有機」を後押ししている。今回はそんな有機農産物の生産者である久松達央さんをゲストにお招きした。

久松さんが経営する久松農園は茨城県土浦市にある。東京ドーム1.3個分の畑を利用して、年間100品目もの野菜を路地栽培している。「レタス農家」「トマト農家」など、特定の作物に絞り込む生産者が多い中、これだけの多品目を扱うのは珍しい。ゆえに久松さんが自身の農場を「巨大な家庭菜園」と喩えるのももっともなことだ。

20年にもわたって有機栽培を実践してきた久松さんだが、有機に対する世の中の幻想を打ち砕くのが非常にユニークだ。「有機だから安全」「有機だから環境にいい」「有機だから美味」。久松さんはこれらを「神話」だと切り捨てる。例えば、ルールに則って農薬を使用する慣行栽培においては、残留農薬の問題などまったくと言っていいほど存在しない。であるならば、それらと比べて有機のほうが安全だということはおかしな話になってしまう。このあたりは久松さんの著書「キレイゴトぬきの農業論」に詳しい。

作物の栽培にとって重要なのは、有機という手法ではなく、「時期(旬)」「鮮度」「品種選び」の3つである。ベテラン農家が旬ではない夏に栽培した、スーパーで日持ちする品種の、収穫から数日経過したホウレン草は、素人が冬に路地栽培した採れたてには決して勝てないと言う。

それでも有機という手法を選んでいることを、自ら「趣味」と言い切る。農薬や化学肥料に頼らずに、次々起こる問題に自分の頭で対処すること自体を楽しんでいるのだ。そして、そうやって手をかけた野菜がおいしくないわけがない。久松農園の基本的な思いは「おいしい野菜で喜んでもらう」というシンプルなものだ。

久松さんは「100人の他人に1回ずつ買ってもらうこと」よりも「1人の友人に100回届けること」を大事にしている。一般家庭向け直販が売上の60%を占めているそうだが、そうした継続利用者に支えられているということは、まさにその理念を実践していることに他ならない。

何かを深めたり、磨いたりすることに並々ならぬ意欲を見せる一方で、「広げること」(規模拡大)にはまったく興味がないと言うのもユニークだ。久松さんが関心あるのは「人材育成」だそうだ。有機栽培の良い点として、頭を使って考えなければならないから、優秀なスタッフが育ちやすいということを挙げている。であるならば、有機栽培というツールを使うことで、もっと人材を育てることができるはずという思いを抱いている。実際、大手企業との取り組みもスタートするようだ。

印象的なのは、自分の知識や方法論に固執することなく、新しいチャレンジをしていることだ。全国各地の生産者を訪ねて学び、それをもとに試行錯誤を繰り返している。それによって、技術や仕事の進め方は常にブラッシュアップされる。実は廃業するケースも決して少なくない小規模生産者の中で、久松さんが第一線に居続けているのは、そうした姿勢によるところが大きいのではないだろうか。

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