「ゼロから食ビジネスをつくるラボ」のトップバッターのゲストは、ヤッホーブルーイングの社の井手直行氏だ。同社は看板商品「よなよなエール」が元々人気だが、現在のクラフトビールブームという追い風もあり、業績は絶好調である。数字を聞くと改めて驚かされるが、12年連続増収増益中なのだ。販売数量では4大メーカー、オリオンビールに続く国内6番目のビールメーカーであり、クラフトビールの中ではダントツのナンバーワンである。

1996年の創業直後は「地ビールブーム」もあり順調な滑り出しだったが、そのブームが去ると業績はたちまち下降した。何とか状況を打開しようと、テレビ広告やプレゼントキャンペーンなどを行ったが、まったく効果はなし。在庫として積み上がるビールを廃棄するという悲しい日々が続いていたという。そこで得られた教訓は「大手の物真似をしてもダメ」ということ。それから独自の取り組みへと舵を切る。

経営の勉強にも励んだ井手氏は「徹底的な差別化戦略」を取ることにした。差別化自体は何も珍しくないが、「徹底的な」というところがミソだ。例えばその後に開発した「水曜日のネコ」という商品がある。ネーミングだけを取り上げても、「なんで水曜日?」「なんでネコ?」と反対する理由はいくらでもあるだろう。しかしターゲットを明快に規定したあとは、万人受けを狙わずにそのターゲットに深く突き刺さるようにと、他商品との差別化を徹底したのだ。それも「他社が真似するのを躊躇するほどに」。

また同社はかつてよりファンを重視しているが、「超宴(ちょううたげ)」という名のファンイベントは、作り込みとそのスケールが半端ではない。いわく、イベント単体で見れば大きな赤字を出しているそうだ。大手企業や大手でなくても「常識的」な企業であれば、「その投資は、いつどのように回収するのか?」を問われるだろう。

しかしヤッホーブルーイングではそれをしようとしない。井手氏自身も「一体いつそれが戻ってくるのかわからないし、そもそも計りようもないですよね」と認める。参加したファンの満足度を高めることにきちんと注力しさえすれば、長い目で見れば何とかなると確信しているのだろう。これも他社にはなかなか真似できない徹底的な差別化だ。

こうした戦略について、井手氏はマイケル・ポーターのマーケティング論を参考にしていると言う。その中で特に大切にしているのは「トレードオフ」と「活動間のフィット感」の2点である。トレードオフという概念は、頭では理解していてもいざ行動に移すのは難しいものだ。多くの人は思わず「いいとこ取り」をしたくなってしまうからだ。その点井手氏は明快に言う。「何かを選択したら、何かを捨てなければならないんです。我々は100社いたら2社しか選ばないようなものを選びます。すると、同じ道を歩いている競合がいなくなって、誰も真似や模倣ができなくなるんです」。

また「活動のフィット感」とは、企業が行う様々な活動に一貫性を持たせ、有機的に連動させていくことを意味している。ヤッホーブルーイングは自らのアイデンティティを「知的な変わり者」と定義するとともに、他にも様々な共有のための言葉を持っている。そして、社員同士の密なコミュニケーションを通じて、そうしたフィット感を体現しているようだ。

最後にこんな言葉を語ってくれた。「突き抜けた個性を意識して、色々な活動をしていたら、社員やファン、取引先が幸せになっていきました。このまま自分たちらしさを失わずに頑張っていけば、いつか世界も幸せにできるのではないかと真剣に考えているんです」。ファンイベント「超宴」の発展形として、2020年には「全国ドームツアー」を実施したいと思っていると語る井手氏。けれども、その言葉は決して、ただの冗談には聞こえなかった。