2018年3月のゲストは飯尾醸造(京都府宮津市)の飯尾彰浩氏。食が好きな人ならば名前くらいは聞いたことがあるであろう「富士酢」を製造する同社の創業は1893年ということなので、実に125年目を迎えている。飯尾氏はその5代目当主である。50年以上も前から無農薬の米にこだわっていて、2003年からは自ら米づくりにも関わっている。氏によれば、「米づくり→(酢の原料となる)酒づくり→酢づくり」を一貫して行っているのは国内でも飯尾醸造だけだろうということだ。大手メーカーであれば2週間程度でつくってしまう酢だが、同社では最短でも2年、最大では15年もの時間をかけて商品づくりをしている。

飯尾氏がユニークなのは、ただ伝統を守り、保守的なものづくりを続けるだけでは飽き足らないところだ。例えば、同社のヒット商品に「ピクル酢」がある。元々はフードロス解消に少しでも貢献できればと考えて生み出したものだそうだ。冷蔵庫で余っている野菜を漬けるだけでピクルスができるという便利な商品である。思いのほかヒットしたことで類似商品が続々と登場し、「ピクルス用の酢」というカテゴリーができあがったという。他にも、すし酢ではなく手巻き寿司のための酢、餃子専用の酢、「しゃぶしゃぶに夢中」という酢をベースにしたしゃぶしゅぶダレなど、ユニークな商品が多い。

飯尾氏は経営理念として、「モテるお酢屋」というフレーズを掲げている。表現こそ冗談めかしているが、意味するところは極めて真っ当だ。ここで言う「モテる」とは、自らに魅力があって、周囲が寄ってくる状態のこと。モテているならば、取引先、その先にいるお客さん、従業員、有益な情報など、欲しいものが集まってくる。飯尾醸造は自らの商品や様々な取り組みに磨きをかけることで、そのような状態を目指しているのだ。実際、昨年をもって、全国の百貨店の催事に出店することはやめたと言う。「僕に会いたければ、京丹後まで来てください」。飯尾氏の発言は傲慢なのではなく、そうありたい、そしてそうあるべきだという真摯な思いから発せられている。

そんな飯尾氏が掲げている壮大な計画がある。それは「2025年に丹後を美食の街にする」というものだ。飯尾醸造がある宮津市を含む京丹後地方は、日帰りの観光客の数こそ多いものの、全国に名を轟かすようなわざわざ訪れるに値する観光地とまではなっていない。また全国の地方部に共通する「さびれ感」があるのも正直なところだ。飯尾氏はそうした状況を大きく変えたいと考えている。その際にわかりやすいメタファーにしたのは、スペインのサンセバスチャンだ。

サンセバスチャンは、小さい街ながらもミシュランの星付きレストランが密集しており、また食事の美味しいバルが乱立していることで知られている。結果的に、その美食を求めて世界中から人が集まってきている。京丹後は日本海の海の幸はもちろん、充実した山の幸、そして飯尾醸造も関わる米や調味料など食材にはとても恵まれている。であるならば、ここに数軒の「わざわざ行きたいレストラン」があれば、日本中から人がやってくるのではないか。そんなことを飯尾氏は企んでいるのだ。

そしてただ夢見ているだけではない。自ら大きな投資をして古民家を買い取り、昨年直営のレストランをオープンさせた。しかも、お酢屋なのだから和食店か寿司店かと思いきや、イタリアンレストランである。イタリア語でお酢を意味する「aceto(アチェート)」と名付けられたレストランでは飯尾氏自身も可能な限り接客を行っている。次には有名な寿司屋をこの地に誘致すべく、日々働きかけをしているとも言う。

伝統を守り、素晴らしいお酢を作り続けるという本業を大切にしながらも、日々新しい商品を企画して世に発信するさま、そして、そんなメーカーとしての仕事に留まらず、地域の活性化を時に真面目に、時にユーモラスに考える飯尾氏からはメンバー一同、大きな刺激を受けたのは間違いない。